20世紀後半、世界の近代化をエネルギー供給面から強力にバックアップしてきた存在が原子力発電です。21世紀に入り、福島第一原発の事故によって日本では主役の座から降りることになってしまいましたが、二酸化炭素を出さないクリーンなエネルギーとして、脱炭素社会に向けて世界では注目を集めています。
足元では原子力発電所の再稼働は難航し、新設は検討すら難しい状態です。日本では原子力発電を積極的に使うかについては世論を二分しています。まずは原子力発電所のメリットとデメリットについてまとめた上で、2050年に向けた原子力発電所のあり方、既存の設備容量で将来どの程度発電量を賄っていけるのか?考察していきます。
原子力発電のメリット
CO2を排出しない
カーボンニュートラルへ向けた動きが加速する中、電源の脱炭素化のニーズが高まっています。その本命は再生可能エネルギーなわけですが、二酸化炭素排出量が極めて少ないという観点では再生可能エネルギーと同等の実力を持つのが原子力発電です。
以下は電源ごとのライフサイクルでの二酸化炭素排出量を表したグラフですが、BWR、PWRとどちらの方式においても極めてCO2排出量が少ないことがわかります。
安価
従来型の原子力発電のメリットはなんと言ってもそのコストの安さでしょう。以下のコスト試算を見ても、全電源の中で、水力と並ぶ最低水準にあります。
初期コストとしての建設費用は莫大な金額になりますが、燃料であるウランのランニングコストが小さく、ランニングコストが小さいです。
エネルギー密度が高い
ウランが核分裂時に生むエネルギーが莫大なため、原子力発電のエネルギー密度は全電源中トップクラスを誇ります。以下は1MWhという単位の電力量を1ヶ月で発電するために必要な敷地の比較表ですが、原子力の優位性が際立っていることがわかります。
エネルギー密度 [1MWh月間発電するために必要な敷地] | |
原子力発電 | 1.2m2 |
火力発電(LNGコンバインド) | 38m2 |
水力発電 | 213m3(1辺6mの立方体)の水を3mの高さから落とし続ける |
風力発電 | 126m2 |
太陽光発電 | 77m2 |
各発電におけるエネルギー密度については以下の記事で詳しくまとめています。
原子力発電のデメリット
事故の脅威
原子力エネルギーに対してどういうスタンスで臨むべきでしょうか、もともとはメリットであったはずの「安価」という部分も、原発事故によってその対策費用が膨らみ、政治的なリスクも勘案すると失われてきています。福島第一発電所の事故では実際に16万人が避難することになり、大きな被害が出ましたが、安全面を技術革新によって克服できるのがポイントになりそうです。なお、原発事故については以下の記事で詳細に分析しています。
放射性廃棄物の処理
もう一つ原子力特有の厄介な問題が、発電後に残る放射性廃棄物の扱いです。使用済みの燃料は、再利用できるウランやプルトニウムを取り出すことで95%は燃料として再利用できますが、残りの5%は廃液となります。これをガラス原料と溶かし合わせ、ステンレス製の容器に入れて冷やし固めたものが「高レベル放射性廃棄物」になります。これを厚さ20cmの金属容器(オーバーパック)に包み保管します。
50年経した段階でオーバーパック表面で2.7mSv/h、1m離れたところで0.37mSv/h、という放射線量を発します。胸部X線検診一回の被曝量は0.06mSvですので、これだけ外側を覆った状態で50年経ても、1m先のいちで、10分で胸部X線レベルの被爆をするということになります。そのためこれを放射線量が十分に小さくなるまで、更に長期間安定的な場所で保管し続けることになります。
その最終処分方法は地下処分の方向で各国で進んでおり、現在も日本でも法律を制定してこれを勧めておりますが、まだ最終処分場の選定段階です。このように、高レベルの放射性廃棄物を人の一生よりも遥かに長い期間に渡って長期保管しなければならず、その処分場の選定もままならないということが原子力発電の大きなデメリットです。
日本の原子力エネルギーに対する方針とそのゆくえ
安全性に最大限配慮した再稼働推進
https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/025/pdf/025_008.pdf
原子力エネルギーの観点からみますと、現在発電量の2%に過ぎない割合を、30年時点で20~22%に引き上げようとしています。つまり、今後再稼働を進めていくということになります。
そのためのポイントは三つにまとめられそうです
- 安全設計強化:事故の原因となりうる災害の想定範囲を拡大し、安全設計を強化
- 重大事故対策:事故が万が一起きたとしても被害を最小限に抑える対策
- バックフィット:最新の技術的知見が更新されるたびに、全ての原発に反映
https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/025/pdf/025_008.pdf
さてここで疑問に思うことは、果たして今2%しかない原子力エネルギーを20%まで増やすことが可能なのだろうか?ということです。昨今の状況を踏まえると、再稼働ですら相当ハードルが高くなっている中で、新設は検討すらできない、という実態があります。
では、今ある原発をフル活用するとしてどのくらい達成可能かシミュレーションしてみました。
いくつか前提条件を確認しておきます。
日本全体のトータルの発電量
経産省の長期エネルギー見通しを見ると、2013年と2030年のトータル電力需要はほとんど変わりません。よって、原子力発電量の割合を求める上での分母である総発電量は2030年の10650憶kWhを全区間(2019~2050まで)一定と仮定します。
https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/pdf/report_01.pdf
原発の設備利用率
原発の設備利用率はどのくらいか調べてみると、下図のデータより、2018年実績で稼働中のプラントを平均すると70%でした。
https://www.jaif.or.jp/190115-1
従って、例えば100万kWの出力の原発があった場合、その発電量は次のように計算できます。
100万kW×24h×365day×70%=87.6憶kWh
原子力発電所の一覧と稼働状況
現在の原子力発電所は建設中のものも含めると(計画中は除く、建設中は含む)60基あります。
これらは以下のように分類できます。
- 再稼働:安全審査をパスして運転再開している原発
- 設置変更許可完了:再稼働のための審査をパスした原発(再稼働はまだしていない)
- 審査中
- 未申請
- 廃炉予定、廃炉作業中
このうち、「廃炉予定・作業中」のものはもう動きませんので、カウントできません。「未申請」のものは申請していないため、動く可能性は限りなく低いですが、ポテンシャルはゼロではないと言えます。よって含めるケースと含めないケースを考えました。
「審査中」のものは、全て動くと大胆な仮定をしましょう。
震災後設けられた「40年ルール」
原発の運転期間を原則40年とするルールを福島の事故後、民主党政権により導入されました。運転延長は「例外中の例外」(当時の細野豪志原発担当相)と強調されていました。しかし、原子力規制委員会は既にいくつかの原発の運転延長を認めており、このルールは形骸化しています。
この40年ルールを守って40年で原発を廃炉にしていった場合と、20年延長して60年で廃炉にしたケースと二種類の場合でシミュレーションしました。
シミュレーションの結果、原子力20%は無理ではないがかなり厳しい
下図から明らかなように、30年時点で原子力の割合22%というのは、新設を除いたら考えうる最大ケースであることがわかります。全て40年で廃炉にせず、かつ現在未申請のものも含めて全て動かすという状況です。
未申請の原発が全部動かなかったとして、現在審査中の原発が全て再稼働、かつ60年まで稼働できるとすると、16%程度です。個人的には意外と多いと思いました。
再稼働にあたっては、安全基準を満たせるかだけでなく、地元の合意形成など政治的要因も大きいため、コントロールが難しい問題ですが、40年ルールが形骸化していくとすれば、頑張って再稼働を推進すれば原子力の割合を10%程度まで上げることは可能ではないでしょうか。
2050年の原子力エネルギー利用目標
火力と合わせて30~40%
菅首相が20年10月に表明したカーボンニュートラル2050、その具体的な実現に向けた戦略が「成長戦略会議(20年12月開催)」にて示されました。
成長戦略の中で原子力エネルギーについて記載されていることを抜粋します。
確立した技術。安全性向上、再稼働、次世代炉。
➜ 可能な限り依存度は低減しつつも、引き続き最大限活用
➔ 安全性に優れた次世代炉の開発
そして議論を進めていく上での参考としつつ以下のように2050年において「原子力・CO2回収
前提の火力発電30~40%程度」という数値が出されました。
エネ庁:2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略 令和2年12月
https://www.meti.go.jp/press/2020/12/20201225012/20201225012-1.pdf
上述のように、新設をしないと2050年には、ある程度再稼働が進んだとしても5%を切ってくるような水準です。現在全く再稼働の見込みが立っていない発電所まで稼働したとして15%という水準なので、これを全て含め、半分を原子力、半分を火力で担おうとしているのかもしれません。
政治的な配慮からか、やはり新設については言及されていません。
原子力エネルギーの技術開発の方向性
成長戦略の中で原子力産業に関しては以下の3つの技術要素を取り上げております。現在主流の軽水炉型の原子力発電から、次世代炉と呼ばれる技術への転換を目指していくということのようです。
いずれもまだ実用化までは課題も多い技術ですが、脱炭素電源として主流の太陽光や風力は変動が大きくベースロード電源としては心もとないため、実用化されれば脱炭素社会に向けて大きな一手となりそうです。
小型炉 (SMR) | ・海外で先行する規制策定を踏まえ、技術開発・実証に参画。 ・日本企業がプロジェクトの主要プレーヤーとして参画し、脱炭素技術であるSMRの安全性の実証に貢献。主要サプライヤーの地位を獲得。2020年代末の海外でのSMR初号機開発後、海外連携によりグローバル展開と量産体制を確立。 |
高温 ガス炉 | ・高温工学試験研究炉(HTTR)で950℃(世界最高水準)50日間の高温連続運転を達成(JAEA)し、安全性を実証。 ・HTTRを活用し、安全性の国際実証に加え、2030年までに大量かつ安価なカーボンフリー水素製造に必要な技術開発を支援。 |
核融合 | ・国内施設を通じた研究開発や核融合実験炉(ITER)建設に向けた製造・試験、各種要素技術の開発が必要 ・2030年頃の実用化を目指す米・英のベンチャーと日本のベンチャー・メーカー等 が連携を加速。 |
さて、今回は原子力エネルギーと題して、現在の原子力発電所の状況とそこから見た将来の発電状況、そして2030年、2050年と国の原子力政策の全体像を見てきました。
政治的配慮からか、電源構成における原子力の割合は0-40%と幅がありますが、再稼働を進めながらもゆるやかに耐用年数を越えていくことで原子力発電所の数は減っていきます。
従来の大規模な軽水炉発電所の新設は今後も厳しい状況だと予想されますが、安全性が高く海外では実用化も見えてきた小型炉SMRなどの次世代炉が補う形で2050年に向かって進んでいくと思われます。
今後議論が深まる中でもう少しはっきりしてくるのではないかと思われます。
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